DSC04189.JPG 豪華客船「にっぽん丸」にてイルカ・コンサートがありました。しかも!会場が「ドルフィンホール」もう、嬉しくなっちゃいますね!私の為のホールかな?なんて思っちゃいますね!
20180530163847431_0001.jpg 大勢の皆様においで頂きありがとうございました。開場1時間前からお並び頂いた方々も沢山いらして嬉しかったなー!
DSC04193.JPG 船と船旅が大好き、パパ・保坂からは「ぜひとも行きたい!」と当然申告があり、パパ参加の「イルカほのぼのコンサート in にっぽん丸」となりました。今回は名古屋発着の四国クルーズでした。波も穏やかで揺れなかったのでよかったー!
IMG-1534.JPG 朝、「イルカの群れがご覧になれますよ~」と船長からのアナウンスがあり、窓の外を見たら、丁度海のイルカちゃんがジャンプ!!嬉しかったぁ!
夕方、リハーサルを終えて客室に戻ると再び「イルカの群れとクジラまでもが前方に現れましたー!」と船長さんもかなり興奮気味のアナウンス!
IMG-1528.JPG 四国・高知の太平洋沖でしたがめったに現れる事が無いとの事でしたから。大ラッキーでしたね!
丸く渦になっているのは、クジラが潜った所。わかるかな?
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イルカのジャンプに合わせてシャッターを押すのはかなり難しい!!ジャンプする度に大歓声が上がりましたー。

 

 
野生のイルカに会えたらいいな...。とは思っていましたが。まさかのクジラまでも来て励ましてくれたみたいでとっても嬉しく、心地よく歌わせて頂きました。

         
    
DSC02848.JPG 私と母校・女子美との御縁を再び繋いで下さった南嶌宏氏。
日本を代表する美術評論家で国内の主要な現代美術館の設立に参画されたり話題となる展覧会を多数企画されたキュレーターであり何よりも熱血感溢れる素敵な方でした。
女子美の「アートプロデュース表現領域」設立にあたり私を熱心に客員教授として御誘い下さり、そのお陰で素晴らしい御縁を沢山頂いております。
しかし昨年1月に59歳の若さで急逝され大変残念に思っています。
DSC02826.JPG そんな風に南嶌宏氏を慕い惜しむ声に応えるかの様に・・・。
「最後の場所」南嶌宏・美術評論集が月曜社から出版され、その出版記念の会が開かれました。
会場には美術関係者やアーティストの皆さまが多数お集まりで其々、南嶌氏に対する想いを熱く話されました。
私は「お別れの会」に出席出来なかったので南嶌氏の魂に向けて幾つかの言葉と歌を捧げました。
DSC02840.JPG 会場となった「東京キネマ倶楽部」は南嶌氏が大好きだった場でした。
とてもユニークな場所で昔の日活映画に出て来るような昭和のダンスホールそのまま!少し遅れて入った私の目に飛び込んで来たオープニングは大爆音と共に派手派手な前衛ダンス!しかも・・脱ぎ始める。
と言うユニークな幕開けに会場中が「ブラボー!」の嵐!!さすが!「南嶌宏の空間!」カンパ~イ!!
すっかり打ち解けた派手派手前衛ダンサーは・・・女子美の後輩だった!!
DSC02920.JPG 南嶌宏氏の想いが直に伝わって来る本。
「最後の場所」
岡本太郎・横尾忠則・草間彌生・日比野克彦など、誰でも知っている芸術家の事も"同時代のアーティストたちと火花を散らすように共闘した数々の<美術の場>の記録。"として瑞々しく想いやりある言葉で書かれています。
私も我に闘い続ける身と心でありたい!
 
(以前書いた南嶌宏氏の記事は2016年3月「写真館」に掲載。)
         
    
DSC02456.JPG "思考するミュージアム"
ふじのくに地球環境史ミュージアムにて行われている連続講座の講師として行って参りました。ミュージアムの客員教授を務めている歌人の田中章義さんとは「ストリートチルドレン・カレンダー」作りを通じて出会い親しくさせて頂いている友人の一人です。熱海の小嵐中学の生徒さん達と始めたS・Cカレンダー作りですがなんと!当日は元生徒会長の髙中祥太さんが駆けつけてくれました。

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左から髙中さん、田中氏

今は東京の商社マンで立派な青年になっていてビックリしました。メキシコにも留学されていたとの事で「メキシコの子ども達の色彩は素晴らしいね!」と昔話も盛り上がりました。
今年もカレンダー宜しくね!
ミュージアムはとてもシンプルな展示で敢えて説明文は少なくしているそうです。「解らない事は尋ねて下さい」と専門の先生方が親切に御説明下さり"考える"を楽しみながらこれからの"豊かさ"を探して行きます。
遠くに海が見える元学校をミュージアムにしていてとても素敵!清少納言が「春はあけぼの・・・」と詠んだ海らしいですよ。住みたくなる様な丘の上にあります。是非ゆったりといらして下さいね。
安田喜憲館長さん始め岸本先生から沢山素晴らしいお話をありがとう御座いました。

ミュージアムの詳しくはコチラ
 
DSC_0275.jpg 以前から田中さんが是非ともご案内したい!と仰って下さっていたのが「静岡浅間神社」です。なんと!「神部神社」があるのです。
私の本名は「神部としえ」です。
神部と言う名字は夫からの名前ですが今回やっと実現してお参りさせて頂きました。突然伺ったのですがお祓いとご参拝のご案内をして頂きまして神社の皆さま本当にありがとう御座いました。
DSC_0276.jpg 「神部神社」の主祭神は「大国様」だそうです。 
お隣には「木之花咲耶姫様」がお祀りされていてとっても、とっても嬉しく思いました。そして、もう一つ嬉しい事が...。「イルカのミュ―ジックハーモニー」をいつもお聴き頂いているそうです。...そうですね!神社の皆さまは日曜日もお忙しいですね!
前日は森町での「ほのぼのコンサート」そして講座と遠くからも来て下さった皆様ありがとうございました。
素晴らしい御縁を沢山頂き秋からのコンサートも頑張りま~す(^^♪
         
    
201706193.jpg 平成14年から1年越しで大分県の宇目町(現在は佐伯市)に9回通いました。
校歌のご依頼を受けましたがこの町の出身者では無い私でしたからお引き受けする条件として「四季折々の風土に触れて作って良いですか?」とお願いした訳です。
町にはホテルもコンビニもありませんでした。なので毎回、私は色々なお宅にお世話になりました。
夕食には親戚の皆さんも集まり大歓迎を受けました。「素晴らしい所ですね!」と案内して頂いた場所のお話をし「自慢は何ですか?」と必ず聞きました。
すると「水と空気が良い事くらいしか何もありません」と皆さん仰るので「それが一番素晴らしい事で世界に誇れる事ではないですか!」と話すと「でも都会の暮らしに憧れて若い世代は皆出て行ってしまいます」と淋しそうに日本の林業が行き詰まっている事なども聞かせて下さいました。

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緑豊中学校は全てが木造でできた校舎です。

藤河内渓谷は一枚岩を水がくり抜く様に流れています。
大人たちは子ども達にお神楽を伝えています。
本当に素晴らしい感動を沢山頂きましたのでお世話になった皆さんに私はコンサートを開いて御礼を伝えました。
その後、子ども達から「コンサート凄く素晴らしかった」とお礼状が届きました。その内容は驚いた事に「僕達のふるさとは豊かな自然に恵まれています。校歌は是非、その自然が沢山感じられる歌を作って下さい」と書いて有りました。大人達の心配をよそに子ども達はちゃんと自然が豊かな自分の故郷を誇りに思っていたのですね。私は是非とも、子ども達の心を大人達に伝えてあげたい!と思いました。
201706191.jpg 平成15年4月19日、開校式で私は「竹の海」を生徒の皆さんと一緒に発表しました。
その後、私は用意して行った子ども達からの「僕達の故郷は美しい自然が自慢です」という手紙を読み上げて行きました。集まって下さった町中の皆さんは感動の涙を拭いながら大きな拍手を下さいました。あれから15年が経ちました。あっと言う間に。
そしてこの度「ユネスコエコパーク」に指定されたのです。
「ほらね!私は社交辞令でここは素晴らしいと言ってた訳では無いでしょ?」水と空気が良い事が、自然豊かな事が世界から評価され認められたのですから。こんなに嬉しい事は有りません。その間皆様はこの大自然を守り続けていらしたのですね。校歌「竹の海」を又皆さんとご一緒に歌える日を夢見ています。

エッセイ「ここは私の学校」をお持ちの方はP231~P242を再度ご覧下さいね!そして日本に世界中にある誇るべき美しい故郷を大切に致しましょう。

         
    
DSC01531.JPG 我が同志りりィへ
私たちが歌い始めたあの頃。同じようなスタンスで歌っている女の子はまだ少なかったね。人見知りな私は現場でりりィの顔を見るといつもホッとしたよ。そして、くっついていた。自由で愛に満ちていたりりィはどんな話もガハハと笑って受け止めてくれたね。数年前に会った時、歌う横顔には大人の女性としての優しさが満ちていた。きっと、幸せな日々を送っているんだな...。と眩しく嬉しく思いました。
私はあと少し此処にいるけど、又宇宙のどこかで会ったらガハハ!と笑いあおうね!
沢山のありがとうを我が同志りりィに贈ります。
愛を込めて。イルカ
 
2016年11月11日りりィが天に召されました。
バレンタインのお別れライブには行かれなかったのでメッセージとお花を手向けましたら、山崎ハコちゃんから「イルカさん!綺麗な大きなお花がりりィさんの写真の横にあります。素敵です!」とメールが届いたので「私の分までりりィの為に歌ってね!」とやり取りしました。
後日、りりィのCDが届けられ、中に育ての親とも言える寺本幸司氏の言葉が「浅川マキ、桑名正博と続いてりりィまで逝ってしまった。」とあり心が痛くなりました。寺本さんには私も育てて頂いた一人です。
タムジンの懐かしい写真が添えられていたのでコラージュして写真を撮りました。
りりィありがとう。